國村隼がすごい…「哭声」感想&ネタバレ

2019年映画1本目は、「哭声(コクソン)」でございます!
前から気になっていたんだけど、どんな映画なんだか全く想像できなくて、長らく放置しておりました。

作品情報

哭声(原題:곡성、英題:The Wailing)

制作:韓国、2016年
監督・脚本:나홍진(ナ・ホンジン)(韓国、1974~)
メモ:とある田舎の村で頻発する殺人事件。韓国国内で観客動員700万人に迫る大ヒットを記録した、国際的にも評価の高い一作。

あらすじ

何の変哲もない田舎の村・谷城(コクソン)で、村人が家族を惨殺する事件が立て続けに発生する。犯人は体中に発疹ができており精神は破綻した状態で、何が起こっているのか全く分からない。警察官のジョングは幻覚キノコが原因だと高を括るが、同僚のソンボクは、山中で暮らす謎の日本人が関与していると噂話を持ち出す。
最初は日本人の噂をバカにしていたジョング。しかし、目撃者と名乗る女性ムミョンと事件現場で出会ってから悪夢を見るようになり、娘のヒョジンも日本人の夢にうなされるようになったことから、山で日本人のおぞましい姿を目撃したという男に話を聞きに行くことに。ジョングとソンボクは男の話を聞き、日本人の住む小屋まで案内してもらう最中、男は雷に打たれ瀕死の状態となる。さらに病院で、事件の犯人が激しい発作の末に凄惨な死を遂げる様子を目撃する。
ヒョジンの様子も更におかしくなってきたことから、ジョングは、ソンボクと、ソンボクの甥である神父見習いのイサムと3人で、日本人の山小屋を訪ねる。無人の小屋の中を調べていると、奇妙な祭壇や、大量の被害者の写真が飾られた空間を発見。得体の知れない恐怖に包まれる3人のもとに、日本人が現れ―

3/11(土)公開 『哭声/コクソン』予告篇

登場人物

ジョング(곽도원、クァク・ドウォン)
谷城の巡査部長。母と妻、娘と4人で暮らしており、少し間の抜けた男。連続して発生する殺人事件も幻覚キノコが原因とのんびりしていたが、異常が現れ始めた娘を助けるために必死に奔走するようになる。

日本人(國村隼)
谷城の山中で暮らす謎の男。ふんどし一丁の姿で四つん這いになり鹿の肉を食らっていたなど、奇妙な噂が立っている。小屋には、奇妙な祭壇の他に、大量の被害者を盗撮した写真が貼られた隠しスペースがある。

ヒョジン(김환희、キム・ファニ)
ジョングの娘。親思いで明るい女の子だったが、ジョングが日本人に近づくにつれて狂暴化していき、体に発疹も現れる。

イルグァン(황정민、ファン・ジョンミン)
祈祷師。ジョングに憑いた悪霊を祓うという名目で呼ばれた。

ムミョン(천우희、チョン・ウヒ)
殺人事件の現場に現れた謎の女性。事件を目撃したとジョングに話すが、忽然と姿を消す。

ソンボク(손강국、ソン・カングク)
ジョングの同僚の警官。事件には謎の日本人が関わっているという噂話を持ち出し、ジョングと共に捜査に乗り出す。

イサム(김도윤、キム・ドユン)
ソンボクの甥で、神父見習い。日本語を話せるということで、ジョングとソンボクが日本人の小屋に行く際に同行した。

監督の仕掛けた混沌に落とされる、新感覚サスペンス!

いやはや、これはナ・ホンジン監督にすっかり裏切られました。いい意味で!

普通の連続殺人モノと思ったら大まちがい

この映画を見るのを先延ばしにしていたのは、「國村隼演じる日本人がただの殺人鬼のように描かれているんじゃないか」という不安があったから。韓国には、レベルの差はあれ日本に恨みをもっている人がいるのは事実。日本人が怪しい人物として採用されていることに不安がありました。

が、そんな杞憂は不要でした。バカバカしい疑いをもってしまって、申し訳ありませんでした…!
この重要な役を韓国人ではなく日本人に設定したことには、この映画にとってすごく重要な意味があるんです。

ただの殺人事件を描いた単純な映画だと思っていたけど、全くそんなことない。
よそ者」をテーマに聖書からのメタファーをふんだんに盛り込んだ、今までに見たことのないサスペンスでした!

監督の作り出した穴に落ちていく感覚がすごい!

この映画、2時間半近くある長めの映画なんだけど、全然退屈しなかったですね~。
序盤は笑いが漏れるほどの緩さなのに、途中からかなり深刻な雰囲気になる。さらに、何がどうなるのかラストを予測できない!知らないうちに、かなり深い混沌に落とされていました。

序盤はユーモアを交えて、谷城がいかに穏やかな村であったかが描き出されます。
市民を守る立場のジョングが、殺人事件が起こったと連絡を受けたのに、のんびり朝ご飯を食べるという(笑) 妻が洗濯をしながらジョングを誘うシーンも笑えるし、妻とのセックスを娘に見られてショックを受けるジョングも面白い。
殺人事件はかなり血みどろでショッキングなものであるにも関わらず、ジョングはあまり意に介していない様子。これを見るだけで、この村がいかに血生臭い事件と無縁であったがが分かる。

國村隼演じる日本人も、最初はむしろ都市伝説的なユーモアを感じさせる描かれ方をしています。ふんどし一丁で鹿の腹に食らいつき、真っ赤な目をしている―って、怖いけどちょっと笑える(笑)
だけど、ジョングが日本人の小屋を訪ねたときから、一気に「かなりやべー」雰囲気に…。豹変していくヒョジンを演じたキム・ファニさんの演技には、開いた口が塞がらない状態でした。すごい子役がいたもんだ…。

殺人事件モノだと思っていたのに、途中からはもうエクソシストですよ。
胡散臭そうな祈祷師が出てきて、コイツは役に立たなそうと思っていたのに意外に強い。というか、祈祷師の攻撃を受けてるってことは、國村隼は悪霊なの?いや、祈祷師の攻撃を受けてるのはヒョジンに憑いた悪霊?何がどうなってるの?

と、この辺りから、混沌、混乱、疑惑という、監督の仕掛けたトラップにどんどんハマっていきました。
殺人から悪霊祓い、更にその先に真のテーマがあるとは、本当に感服でした。

「信じる」とは?聖書から盛り込まれたたくさんのメタファーが肝

監督曰く、この映画は「キリストが現れたときのユダヤ教徒のフィーリング」を描いたものだそう(監督のインタビューはこちら)。

実は、この物語を読み解くヒントが冒頭に示されているんです!(わたしは途中まで忘れていたけど)

人々は恐れおののき、霊を見ていると思った。
そこでイエスは言った。なぜ心に疑いを持つのか。
私の手足を見よ。まさに私だ。触れてみよ。
このとおり肉も骨もある。

ルカによる福音書24章37-39節

これは、蘇ったキリストが、自身を見て恐れ戦いている弟子たちにかけた言葉だそうです。この台詞、ラストシーンで日本人の口から発せられるんです。

どんなシーンかというと…最終的にイサムは、日本人を悪魔だと思い殺しに行くものの、日本人を前にして逡巡してしまいます。「あなたは悪魔なのか?何者なのか?悪魔でないなら、何もしないで帰る」と言うイサム。そんな彼に対して、日本人はあの言葉を投げかけます。
このシーンで、日本人の手に杭の跡があるのがチラッと見えます。このことからも、日本人はイエスの役割であることが分かります。ということは、彼を敵とみなす人間(谷城の大半の人々)はユダヤ教徒という立場。だから、言葉の通じる韓国人ではなく、見た目は似てるけど言葉の通じない日本人じゃないといけなかったんですね~。

そう考えると、日本人の影響を受けた人々がキ●ガイに見えるというこのストーリー全体が、谷城の人々の目線からしか見てないものなんだ!と気付きます。物事をどの面から見るかで、ただのキ●ガイによる殺人事件がちがったものに見えてくるという…当たり前なんだけど忘れがちがことをドーン!と突き付けられました。
テロなんかはこの問題が最も顕著に具現化された問題なわけで…何を信じるかというだけの違いで、本当に恐ろしいことが起こるんですよね。


結果として、日本人が悪魔かどうかは見る人それぞれの判断に委ねられます。答えは提示されません
國村隼さんの悪魔姿のインパクトの強さも相まって、「ただの殺人事件モノと思って見始めたのに、一体どこに来てしまったんだ…」と、やられた感でいっぱいでした。


まとめ

殺人事件モノのサスペンスと思って見始めたのに、最終的には深い混沌に落とされてしまいました。きもちいー!(笑)
日本人のわたしには、最終的に宗教的な問いに絡むというのも新鮮でした。

本作で韓国でも名俳優の仲間入りを果たした國村隼さんの、迫力ある演技にも大注目です!

ちょっとした話

新たなサスペンス体験を提供してくれたナ・ホンジン監督。
「哭声」でもなかなか血みどろなシーンがありましたが、2008年の「チェイサー」、2010年の「哀しき獣」ではなかなか直接的な暴力描写が特徴的だそうです。

これからの活躍が期待される、才能あふれる監督。次回作が楽しみー!

『チェイサー』 予告篇

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